読書欲は、
読みたい本との出合いの蓄積から生まれる
昨今、読み聞かせの普及や朝読書など、幼少期から小学期の本との出合いを創り出し、新しい読者を育むサポートをする環境は、公共図書館や学校教育を中心として整ってきた。それにも関わらず、読書から離れてしまう人は年々増加している。
コロナ禍で学校教育のデジタル化は大きく進んだ。一人に一台のタブレットを配布し、学習に活用していくというGIGAスクール構想だ。
小学校を卒業し、中学生、高校生と進むにつれ、皆がスマホを手にし、SNSを活用し始める。もしも、幼少期から小学期において本と触れ合わずに、本の面白さと楽しさに触れる経験をしなければ、本の存在を拠り所とすることがないまま、デジタルの面白さと便利しか知らない大人になってしまうのではないだろうか。
一方で町の書店の数は、この20年間で、20,939店舗から8,879店舗へと激減した。本と触れ合う場所自体がなくなり始めている。同様に出版物の流通自体も減少し続けているのが現状である。
我々は、読者を育てること、そして地域の人々が本に触れる機会を作ることで、人々の暮らしをより豊かなものにしていきたい。そのために、まず以下の二つの取り組みを行なっていく。
ひとつは学校での本に関する授業の提供である。
数年来、出版業界全体のコミュニティの力で、子供たちと本を、学校と社会をつなぎ合わせることができないか、模索し続けてきた。その中で、子供たちに本と読書について考えるきっかけとしての『読書の時間』という授業が提供できないか、という着想を得た。
多様な専門・価値観をもつ出版業界の様々な方々に講師になってもらい、『読書の時間』を通じて本とは何か、本を読むことの豊かさ、本との出合い方、さらには出版業界従事者の仕事内容など、本の基礎からキャリア教育まで、本の周辺を知ってもらう内容としたい。
『読書の時間』は、これからの社会を担っていく子供たちが、「これからの読者」として、暮らしの中に本のある大人に成長するきっかけになればよいと考えている。
本との出合いは、親や保育園・幼稚園の先生など、他者から読んでもらうという受動的な体験から始まる。そして続く小学生の時期に、「読者」になるかどうかが決まる。与えられるものであった本が、何かのきっかけや過程を経て、子どもたち自身の意思で選び読まれるようになった時、それぞれの子どもたちの本当の意味での読書が始まるのではないかと我々は考え、その一助になれるような活動を続けていきたいと思っている。
もうひとつの取り組みが、「町に本のある場所を作る」ことである。
現在、地方を中心に書店のない自治体、いわゆる無書店地域と呼ばれる自治体が420超に達している。無書店地域の多くの自治体には、かつて本屋があった。残念ながら維持していくだけの売上が見込めなくなったことで閉店していったお店がほとんどだろう。本屋は文化施設ではない。あくまでも商売なのである。インターネットが発達し、たいがいのものは、注文すれば数日で手元に届く時代だ。本も同様に。実際に本を購入する場所もリアル書店からEC書店へと流れているのが実情なのである。
読書は、図書館や本屋の棚、または自宅の書棚から一冊の本を抜き取ることから始まる。この行為は、インターネットと違い、あくまでも個人的なもので、誰ともつながっていない。すべてにおいてどこかとつながっている今の社会において、個となることができる読書という行為に必要な要素である本を選択する場としての本屋が存在する意味は大きいのではないか、と思う。しかしながら、本と出合える場所は本屋だけではない。新しい形での本の居場所を、まちの中に作っていきたい。まちの大小に関わらず。「街」だけではなく「町」にも本との出合いの場所があってほしいと思っている。
今回NPO法人化することにより、地方自治体との連携強化や協賛企業の募集など活動範囲をより拡大させていきたい。
「読書欲は、読みたい本との出合いの蓄積から生まれる」
我々の活動のベースとなる言葉である。読書の楽しみは、読者が自分で本を選択するところから始まる。そう、自分で本を選ぶ楽しみと喜びもまた、読書の一部と言えるだろう。読書は、心を開拓し自分の中に創造的で生産的なものを生み出してくれるものであると思っている。
本そして読書を通じて得ることのできる豊かさを伝えていきたい。
2022年6月1日
理事長
田口 幹人